2011年6月6日月曜日

ウソはあかん

今度の政局ドタバタ劇、見るのも書くのも嫌になる。なぜ嫌になるかと考えてみると、その根は全て”ウソ”から来ているのではないか。

事故直後の東電の発表、政府の放射能についての数値、東電の計画停電の実態等、原発事故関連の発表については「実際のところはどうなんや」と思ってしまうことが実に多かった。今度のドタバタ劇も、本当のところの菅おろしの目的についても、どうもよくわからない。そして内閣不信任否決に至る、超ドタバタ舞台裏暗躍劇だ。今となっては怒って賛成票を投じた松木さんがまともに見える。ウソはいずればれる。一度ウソとつくと、イソップ物語ではないが、本当の事を言っても、信用されなくなる。事故直後の数字等については、パニックを恐れての隠蔽やウソがあったかもしれない。それならそうと、発表してよい時点で、真実を公表するべきだと思う。

と、簡単に文句は言えるが、ひるがえって自分はどうなのか。ウソも方便という言葉もあるが、基本、やっぱりウソはあかんと思う。単なる口から出るウソだけではなく、研修生を実質は安価な労働力として受け入れる工房もある意味ダマシだし、「無垢の家具は文句なしにすばらしい」というのも一部ウソが入る。約束の場所にいけない口実に親戚の不幸や仮病を使うのはもちろん、自分を良く見せようとするのも一種のウソだ。急な事でドタキャンも仕方がないことはあるだろう、しかし度重なるとウソではないかと人は思う。要するにウソはいつかばれる。そして、信頼を著しく損なうことになる。

なかなか難しいことだけだけれど、「正直が一番」。正直な話は聞いていて気持ちがいい。逆に、見え見えのウソを3回もつけば、相手にされなくなって孤独になれるから、縁を切りたい場合の対処方法としてはいいかもしれない。

2 件のコメント:

  1. HKY932014年3月18日 22:57

    中学にあがる頃まで私は自分を大きく見せたくて、
    いま思えば些細な、小っさい嘘をちょこちょこ重ねていました。
    しかし色んな人に思いつきで嘘をつくため、
    内容の徹底がされていなかったので、
    ある日「えーっとこの人にはどこまで嘘を話してたっけ?」と混乱しました。
    上塗りが何回も重なるといちいちが覚えていられなくなりました。
    嘘を演じきればよかったのでしょうがそんな演技力もなく。
    ただ今となっては「嘘をつけない性格」というのも色々支障をきたします。

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  2. 私はポーカーフェースが超苦手。だからウチのヨメサンは私のウソを100%見抜くので、全てお見通しです。

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