2014年10月10日金曜日

行事は重なる

不思議と行事は重なる。今週は火曜日夜に森林文化アカデミーでオーストラリアで木工学校を営む方の講演会があり、昨日は東京での「手考会」の展示会へ行き、そして今日の午後は蒲郡で精密な木製小箱の製作で世界的に有名な丹野さんの講習会がある。どうしてか知らないが、行事というのは重なるものらしい。

オーストラリアの方の講演は、同じく木工教室をやっている私には共感できる部分が多くて楽しかった。たとえばアリ加工や手で沢山のスポークを削りだす意味について、作業に無心で没頭できたり、木との対話ができることに意味があるとの答え。まったく同感だ。学校の技術スタッフについても 「スキル(腕)とコミュニ―ション能力の両方が備わっていることが必要で、腕だけの人はお断り」というのも「そのとおり!」と思ってしまった。

手考会は、伝統的な手道具を使っての緻密な作業の結果生まれた作品が多数展示されていたり、さまざまな樹種の板を削った見本が展示されていて、興味深いものがあった。

実は午前中一度行ってみたかった、柴又帝釈天に行ってきた。寅さんのイメージしか頭になかったのだが、予想以上に大変立派で、特に本堂奥の木彫展示と回廊でめぐる庭園はすばらしかった。
 参道の偶然入ったお店で、ノリのかかった団子とトコロテンを食べる。これがうまかった。このお店、映画では寅さんの実家の設定で、中に座って通りを見ると、まさに映画の雰囲気。寅さんファンではないが、とっても心やすらぐ場所であることは間違いない。


帰りの新幹線で久々にシュウマイを食べたら、陶器の醤油入れが復活していて、うれしかった。

2014年10月1日水曜日

白草山

月に一度は今まで登ったことがない、日帰り可能な山に行っている。未知の場所を歩く時の軽い探検気分が好きだ。

今日は白草山に一人で登ってきた。よさそうな山を探していて偶然見つけた山だが、実は「南飛騨で人気ナンバー1」の山らしい。岐阜県と長野県の県境にあり、御嶽山の南西に位置している。 林道を30分くらい歩いてから山道に入る。道の切り方が上手いのか、かなりの急斜面にしては疲労感が少ない。尾根に出てところどこど赤くなった木を見ながら、主稜線の分岐に着き、そこからは南へクマザサの茂る台地のような道を歩いて頂上到着。

頂上からは御嶽山の見事な山体が目の前に見える。別天地のような美しいクマザサの山頂から、悲惨な噴火による遭難が起こっている山を見て、何と表現したらよいか、不思議な気持ちがした。山の遭難は登る人に起因する部分が大きいと思うが、今回の御嶽山の遭難に限っては100%天災だと思う。20歳のころから、何度も登ったり、スキーをしたり、また学生時代には先輩や後輩の遭難もあった縁の深い山だ。それだけに他人事とは思えない。

2014年9月18日木曜日

尖石縄文考古館

木工教室の関係で自然発生的に週の中ほどが休日になる。先日どこかで見た「縄文のビーナス」の写真に惹かれるものがあったので、茅野市の「尖石縄文考古館」へ日帰りしてきた。

諏訪ICから30分ほどで高原ムードの考古館に到着。実はあまり期待してなかったのだが、見事に良い方に裏切られた。受付で写真撮影について聞くと、「撮影禁止マークがついている物以外はかまいません」とのこと。撮影禁止は他の博物館から借りてきた展示物などで、大半の展示物は撮影OK。もちろんフラッシュなしの手持ち撮影で、他の見学者に迷惑にならないように心がけた。

やはり一番良かったのは縄文のビーナス。ちょっとめずらしい後姿を紹介。30センチもない小さな土偶だが、これは国宝。


となりには「仮面の女神」がありこれも国宝。
 
器にあまり興味のない私が気に入ってしまった繊細な縄文土器も数点展示されており、これらもすべて国宝。
国宝だけではなく、多数展示されている縄文土器もすばらしいし、土偶製作体験などもできる。他の見学者も言っていたけど、「入館料500円は安い」と思った。

約4000年前の人間がどのような気持ちで”女神”を作ったのか、歴史ファンではなくても、いろいろ思いをめぐらせる。

2014年9月12日金曜日

トイレの便座交換

教室でみんなが使うトイレの便座が、15年目ともなると、色が少し変色したり、表面がザラつくようになったので、新品に交換した。

TOTOの製品だが、同じ製品はもう製造されておらず、後継のモデルをアマゾンで購入。自宅は二年ほど前に洗浄機能付きに交換したが、洗浄機能はみんなが使うトイレでは好みが分かれるようだ。それで、教室用は便座を温める機能だけのシンプルなタイプにしたので、取り付けはより簡単だった。

問題は取り外した便座。名古屋ではプラスチックは通常の可燃物として処理できるが、便座をそのまま可燃物の袋に入れることは、できたとしても、避けたい(^^;)。金物をはずし、本体を金鋸や古い替え刃式のこで切り刻むこと小一時間。無事小さくなったけれど、15年間さまざまな人が座った便座、御苦労さんという気持ちと、あまり触りたくない気持ちが半々、結構疲れた。

2014年9月10日水曜日

ネット雑感と蕪山

インターネットが始まった極めて初期からネットに近い生活をずっとしている。その頃に比べ、ネットがこれほど普及した昨今の違和感の大きさはとても残念、というか違和感を通り越して危険とも言える状態。

秋になったので、パンツをトランクスからボクサーパンツに変えようかと、どの商品が今売れているのかなとネットを見たら、その後すぐに、ヤフーや他のメジャーなサイトの広告にパンツがどんどん表示されるようになった。似たような経験のある人は多いだろう。一度検索するとその商品の広告が表示されるような仕組みなのだが、気持ち悪いことはなはだしい。

デング熱報道の裏話も最近注目を浴びている。デング熱は昨年200件以上発生しているのに、今年は80件ほどで大騒ぎしている。これは何かを隠すための謀略だというのだ。ネットのこの手の話は、まともに受けとっては後で恥をかくことが多いのだが、原発問題を告発しようとした放送関係者の自殺報道を封印するため、あるいは近日都内の公園で予定されているらしい反原発集会を妨害するために、公園の封鎖や危険性を過大報道をしているなどの意見には、疑いつつも興味を持った。

打ち込んだ検索文字が広告に連動するのと同じように、原発やデング熱について調べたりしたことは、それを注視している人や団体、あるいは政府によって、調査し利用されている可能性は大だと言って間違いないと思う。何の支援組織を持たない個人が、ネットで政府に批判的なことを書くことは、その影響が大きくなればなるほど、危険な状況になっていると言えそうだ。

さて、嫌な話ばかりでは気分が沈むので、登山の話。

やっと好天が続くようになったので、一人で奥美濃の蕪山に登ってきた。昔は行き止まりだった秘境の「板取」、そこにある1000m少々の藪山である。写真は登山口付近の株杉。



株杉とは、近くの板取中学校のHPには、「何度も伐採が繰り返され伐採された一本の株の切り口に新しい杉の芽が付着し、そのまま枯死せずに成長を続け一本の幹が地上2~6mの位置で複数に分かれて出来上がったものだといわれています。」と書かれている。

平日とは言え、山中では私の他、一人の登山者に会っただけ。雑木や杉が鬱蒼と茂る山道を、一人で歩いていると、自分と純粋な気持ちで向き合え、心の洗濯ができたような気がした。

2014年8月27日水曜日

ユリと月下美人

今夏は特別に天候不順で、広島をはじめ各地で豪雨の被害が報告されている。まだこれから台風シーズンがあるので、他所事と思わず用心したい。

そんな湿気の多い天候のためか、庭に自生しているユリの花が今年は大変多い。調べてみると、シンテッポウユリという名前で、タカサゴユリとテッポウユリの交雑種とのこと。


昼間ユリの写真を撮ったと思ったら、夜には月下美人が開花した。どうも秋が早めに来ているらしい。

2014年8月19日火曜日

うどん「日乃出」

讃岐に行った。20代、営業で月二回四国に通っていた。特に香川県は最も長く8年間担当したので、とても懐かしい。駆け出しの営業時代には時間をもてあまし、訪問先近くのお寺などを見ることもあった。国立善通寺病院の近くにあった善通寺は、とても広い境内で参拝客の少ないお寺だったが、何か心に残る雰囲気を感じた記憶がある。それで30数年ぶりに善通寺を訪れた。

全国的に今夏は異常気象だが、特に四国はスカッと晴れる日がほとんどないというか、雨ばかりらしい。いつ雨が降るかわからない蒸し暑い空気の中を境内を抜け、まずは腹ごしらえにと門前町へ歩く。ところが、人の気配がないばかりか、飲食店が見当たらない。景気が上向いていると政府は言うが、四国に限らず地方都市の活気が全く感じられない様子に将来どうなっていくか不安を感じずにはいられない。東京、大阪、京都といった大都会はいいけど、老人ばかりの地方都市はどうなっていくんだろう?。

などと考えながら、暑い中、車で通った時、「たしかこの辺にうどん屋さんがあったはず」と、行ってみると、昭和にタイムスリップしたようなうどん屋さんが一軒あった。予想どおりクーラーはなく、扇風機二台がまわっていて、先客は3人だ。冷やしうどんとちらしずしを注文する。おじいさんがうどんをゆであげて水洗いし、器に入れて氷をのせた。それをおばあさんが持ってきてくれた。そのうどん「これが本場讃岐うどんや!」というような主張の全くない、ひかえめな讃岐うどんはとても美味かった。四国に来ていた時にこちらの人も言っていたけど、本当の讃岐うどんは硬いだけではなく、モチモチしたうどんの食感が大切なんやと。

先客のおじいさんに、店のおばあさんが、「ちょうど来られたからお伝えしておきますわ。この20日で店を閉じますねん。お父さんが高校でてからやから60年やりました」とのこと。偶然にも閉店二日前に店に来たのは、何かの縁かもしれない。おばあさんの許可を得て、少し店の写真を撮らせてもらった。また一軒、この町から店がなくなると思うと、何とも言えない気持になった。

たった一回でしたが、日乃出うどんさん、60年間ありがとうございました。